以前、パリが車の制限速度を原則として時速30キロにする規制を導入したことについて紹介しました。この大胆ともいえる政策を導入したのは2014年から現職についているアンヌ・イダルゴ市長です。イダルゴ市長は15分シティを提唱していることでも知られています。これまで車中心だったらパリを緑でいっぱいの歩行者・自転車天国にするという公約を掲げているのです。

 

パリが時速30㎞制限を市内全域に導入

 

パリのイダルゴ市長の公約

イダルゴ市長が2020年に再選されたときの公約が「パリを緑でいっぱいの都市に」でした。自動車通行を規制し、自転車道を増やし、パリを排気ガスの少ない安全な自転車・歩行者天国にするという構想です。

 

 

また、公園や広場を作ったり、大規模な植樹を通してパリの街をグリーンにするという公約も柱となってしました。
パリというと、オスマンのパリ改造によって作られた大きなブルバードと石畳の舗道、その両脇に建てられた統一感のある建物が形作る景観の都市美が世界中を魅了してきました。

けれども、その大きな道路は車で渋滞することが多く、歩行者が横切るのも大変です。またパリにはゆっくりできるような公共のグリーンスペースが少なかったりもします。(東京はもっとそうなので、日本の人にはピンとこないかもしれませんが。ロンドンなどと比べるとそうなのです。)

そのパリをもっと安全に、グリーンに、快適に、フレンドリーにし、車でなく人のための街にするというのがイダルゴ市長の理想です。その公約を果たすために市長になってからは様々な政策を導入してきました。

パリは2024年からディーゼル車、2030年にはガソリン車の利用を禁止する計画もあるし、市内のタクシーを電動化する予定もあります。とはいえ、このような画期的な政策には自動車利用者やタクシー会社、街のビジネスなどからの反対の声もありました。

 

新型コロナウイルスの影響

反対意見も多かったイダルゴ市長の政策は、誰も予測していなかった理由で追い風を受けることになりました。新型コロナウイルスの流行で導入された感染対策のおかげです。

パリがロックダウンでもぬけの殻となった2020年の春から、パリ市民の1割に相当する20万人が市内から郊外や地方に移住しました。市内でも在宅勤務をする人が多く、自動車の交通量が激減したのと入れ替わりに自転車やスクーターが激増しました。

 

 

パリの友人に最近のパリはどうかと感想を聞いてみると、車に乗らない人なのもあり、とても満足しています。これまでパリ市内は自動車の渋滞がひどく、運転も乱暴な人が多くて、道を横切るのも大変だったし、排気ガスのせいで空気も悪かったけれど、今では自転車ですいすい通れるそうです。

彼女はパンクしてからそのままにしていた自転車を修理してもらい(政府から無料配布された自転車修理バウチャーを利用)、サイクリングを楽しむようになったとのこと。コロナのせいもあって公共交通機関を使いたくないので、ちょっとした距離なら家族3人とも自転車で移動することにしています。懐具合にも健康にもよく、一石二鳥ということです。

このように、自転車で15分以内のところに通勤、通学、買い物など毎日の行動範囲が収まるようにするという「15分シティー」をイダルゴ市長は理想としています。

これについては下記の記事で紹介しています。

 

パリ市長の「15分シティ」構想:徒歩や自転車で行ける界隈

 

イダルゴ市長が大統領選出馬

それにしても、世界中の人が注目するパリをこれほど大胆に改造する政策を次々に導入していくイダルゴ市長の実務能力には感心します。これらの政策は車を持たない一般住民にはおおむね支持されてはいるものの、根強い反対意見もあって実現は難しいと言われてきたのです。

そんな政策を実現化できているのはイダルゴ市長の政治力と住民からの人気があるからに違いありません。そんな彼女は今度は国政に打って出る構えで、2022年フランス大統領選に左派社会党候補として立候補する考えを表明しています。

次期大統領選は前回と同じく、現職の中道マクロンと極右のル・ペンの決戦となると言われていて、イダルゴ市長が大統領に選ばれる可能性は低いとは言われています。

彼女には、せっかく手をつけたパリの改造をやり通してほしいと、私などは思っています。

 

2024年パリ五輪

パリと言うと2024年のオリンピックが開催されるところ。東京五輪の閉会式に出席し、小池東京都知事から五輪旗を手渡されていたイダルゴ市長をご覧になった方もいるかもしれません。彼女は五輪大会をもパリ緑化計画の一環として組み込んでいます。

パリはこれまでで最もサステイナブルな大会を目標にし、2012年のロンドン五輪と比較して温室効果ガス排出量を55%減らすことを目指しています。

観客の100%が徒歩、自転車、公共交通機関で五輪会場に移動、大会期間中に運航されるバスはゼロエミッションにするなど、交通政策もグリーン。会場と周辺地域を結ぶ「2024サイクリング道」の整備を進めています。

さらに、パリ五輪の会場として使われる予定の名物エッフェル塔周囲の広場を公園として緑化し、パリ最大の広場であるコンコルド広場も緑豊かな空間として生まれ変わる計画が発表されています。

セーヌ川の水質も改善して、安全に水泳ができるようになるそうです。

 

 

さらにパリ五輪後に、シャンゼリゼ通りを巨大な庭園へ生まれ変わらせる大胆な計画も発表されました。コンコルド広場から凱旋門までの1.9キロにある4車線を2車線に減らし、歩行者道と緑地を組み込むものです。

 

 

五輪大会のレガシー

オリンピックは世界中が注目する大イヴェント。世界一流のアスリートが一堂に会し、メディアもこぞって報道する大会そのものももちろんですが、五輪後、大会が開催都市にどのような影響を及ぼすかという「レガシー」についても国際的な関心の的となります。

たとえば、1964年東京五輪では東海道新幹線や首都高速道路などのインフラが整備されたことが、当時の高度経済成長を支える大きなレガシーとなりました。また、当時建てられた国立代々木競技場や日本武道館などさまざまな五輪施設がのちのちまで利用され続け、今に至ります。

1992年のバルセロナ大会では、荒廃した工業地域だった海岸地域を再生したり、不足していたパブリックスペースを再構築したことで、衰退都市だったバルセロナが魅力的なまちとして生まれ変わりました。その後は観光客が押し寄せる国際都市となり、逆にオーバーツーリズムが問題になってきているほどです。

2012年ロンドン五輪は招致段階からレガシーを目標に掲げ、産業革命の遺産である古い工場や産業廃棄物が集積して長年放置されていたイーストエンド地区の再開発が実現しました。低所得者層の住む衰退地域に、交通インフラや住宅を整備、雇用を創出、また汚染土壌回復、自然環境整備、グリーンスペース構築など環境改善も行われました。

2024年パリ五輪のレガシーはパリを「グリーンでクリーンなシティー」に生まれ変わらせるというものになりそうです。これまで、市内にグリーンスペースが9.5%しかなかったパリで、エッフェル塔周囲広場を公園として緑化し、コンコルド広場も緑豊かな空間にうまれかわるのです。セーヌ川の水質もきれいになり、自動車利用を最小限にすることで大気も改善されるでしょう。

コロナ禍で遠のいていた国際観光客が五輪でパリを再訪する頃には、それまでの車や道路に占拠されたパリの街が自転車天国、歩行者天国に変わっていて皆を驚かせることでしょう。

 

2020東京五輪のレガシーは

2020東京大会はコロナ禍に見舞われ、外国人関係者も最小限の来日の上に無観客での開催となったのは運が悪かったとしか言いようがありません。それでも何とか開催した東京大会のレガシーとは何でしょうか。

インフラ面で言うと、有明アーバンスポーツパーク、東京アクアティクスセンターなど臨海部のスポーツインフラ施設が充実し、これからも様々なスポーツやレジャー目的に利用されることになります。埋立地からなる東京臨海副都心はバブル崩壊後、需要が低迷し開発が思うように進んでいなかったので、これらが開発を促進する助けになるかもしれません。

しかし、主会場の国立競技場がある神宮外苑地区の方はどうでしょうか。

ここでは新しく競技場を建て替えるために風致地区の高さ制限を緩和し、最終的にできた国立競技場の49mをはるかに超える80m、185m、190mという高層の建築物が次々に建設がされる予定です。ラグビー場も55m、球場併設ホテル棟も60mと「神宮外苑の杜」が「高層ビルの杜」となる様相。そして、このような再開発のために100年の歴史がある樹木が伐採されることになっています。

SDGs(国連の持続可能な開発目標)をうたった大会であったのに、その理念が反映されたかと言うと疑問と言わざるを得ません。

東京五輪のレガシーは、先人から受け継いだ歴史ある景観をそこない、100年前に植えられた大木を伐採して高層ビルの杜を作ることだったとのでしょうか。そうだとしたら、同じ国際都市であるパリで開催される次の五輪大会とは対照的なものになりそうです。

コロナのために外国人観客を受け入れなかったことで、この点があまり国際的に認識されていないことは、不幸中の幸いといえるかもしれません。

カテゴリー: SDGs