今、カタールでサッカーのワールドカップ(W杯)が行われています。日本が強豪ドイツに勝ったということで、スポーツの試合なのに一般紙の第一面に載るなどして盛り上がっているようです。でも、イギリスをはじめ、欧米諸国では今年のワールドカップについては、純粋にスポーツを楽しむと言った雰囲気ではありません。
カタール・ワールドカップ
カタールでのワールドカップに関連して、SNSでも #boycottqatar2022 というハッシュタグを付けてボイコットを支持するメッセージを拡散する人が目立ちます。 その理由は主に、外国人労働者の扱い、女性やLGBTQに対する差別と虐待、それから環境問題です。
外国人労働者
カタールが2022年のワールドカップのホスト国となることが決まってから、大会の準備を進めるためにスタジアムや練習場をはじめとするサッカー施設、また宿泊施設や道路などのインフラを含め、建設ラッシュが始まりました。 カタールは豊富な石油と天然ガスの産出を背景にオイルマネーで発展・近代化した世界4位の富裕国。けれども小国で人口も少ないために、外国からの労働力に頼っています。
W杯関連施設の工事も例外ではなく、多くの外国人が移民労働者となって労働力を提供しています。これらの移民労働者に対する過酷な労働環境については、英紙ガーディアンが早くから警鐘を鳴らしていました。 その報道にはワールドカップ関連の工事のために、カタールの移民労働者が過酷な労働環境のもとで6500人も死亡したというものもありました。 この件については、国際人権団体アムネスティインターナショナルやヒューマン・ライツ・ウオッチも人権問題だと批判しています。
カタール側はスタジアム建設のために現場で死亡したのは3人だけであり、建設工事には直接関係ない非業務関連の死亡者はは37人いるものの、6500人というのは事実ではないと主張しています。 カタールでは2022ワールドカップ開催を契機に、空港や道路、インフラ、宿泊施設などの建設ラッシュがあり、その関係で死亡した人達もいるようですが、実際の数字は明確ではないようです。 暑い国だということもあり、カタールでの移民労働者の労働環境が過酷なのは確かですが、それらの労働者は母国よりもいい待遇を求めて自ら望んでカタールに働きに来ているというのも事実です。
けれども、人権問題に敏感で、移民を含む労働者の保護についても一定の水準を確保すべきだとする欧米諸国から見ると、カタールの移民労働者の扱いは許容できないということになるのです。 EU議会はワールドカップ建設のために移民労働者が死亡したことを非難する決議を採択しました。
ジェンダーとLGBTQ迫害
さらに、カタールはイスラム国であることから、女性に対する差別や権利侵害が存在するし、同性愛は違法です。 同性愛も、結婚していない者同士の性行為もシャリア(イスラム法)により死刑となり得ます。 実際に死刑になった人はいないようですが、性的マイノリティに対する偏見や差別、それに基づく暴力や虐待は存在します。このため、LGBTQと呼ばれる性的少数者は、ワールドカップ観戦のためにカタールを訪問することが難しい状況なのです。 カタールのホテルで同性愛カップルが宿泊を拒否されたり、治安部隊に捉えられて虐待されたという情報もあり、このことについても欧米諸国を中心にカタールを非難する声が上がっています。
ヨーロッパの複数のチームは、LGBTQ差別に抗議を示すため、虹色の下地に「OneLove」と書かれた腕章を着用することを考えていましたが、これをFIFA(国際サッカー連盟)が認めず、反発が起こるということもありました。 観客が観客席にレインボーフラッグを持ち込むことは許可されたそうです。が、米国のジャーナリストがレインボーシャツを着用していたら、警備員に引き裂かれ試合中に拘留されたという報道もありました。
カタールではないのですが、イランでも、ヒジャブと呼ばれるスカーフの着用をめぐって警察に拘束された女性が死亡したのをきっかけに抗議運動が高まっています。 それを支持する姿勢をみみせるために、W杯ではイラン選手が国家斉唱を拒否するということもありました。 イランのチームキャプテンは記者会見もしてイラン当局の批判をしました。 このような事をすると、今後、国の代表としてフットボールができなくなったり、帰国したらどうなるかといったリスクを承知の、勇気ある行動といえます。
環境問題
さらに、今回のワールドカップでは環境問題についても非難の的となっています。 カタールのW杯は「史上初のカーボンニュートラルな大会」をうたっているのに、実際の二酸化炭素排出量はカタールの報告の8倍に及ぶと指摘されています。
カタールはW杯開催のために、特に必要もないのにスタジアムを8つも建設したということも批判の元となっています。 また、11月でも日中の気温が30度を超える現地での暑さ対策として、密閉されていない全8会場で空調をがんがんに使用しているということも報道されています。
もともとカタールは人口規模からいって温室効果ガス排出量が多く、人口当たりの二酸化炭素排出量は世界1とも言われています。 中東が初めて舞台となったワールドカップで国際的なサッカー大会のホストをするにあたり、カタールは国の威信をかけてインフラを整備し、懸念されていた暑さ対策も万全に整えようとして、環境問題は二の次になってしまったのかもしれません。 カタールは前回2018年のロシア大会の費用の20倍にあたる2000億ドル以上の経費をW杯開催のために使ったと言われているのです。
カタールW杯への批判やボイコット
このような理由で、今回のワールドカップには批判の声が多く、欧州では観戦ボイコットをするところも増えています。 特にドイツでその傾向が強いようで、調査によるとドイツ人の7割が開催国の人権問題やW杯の商業主義への抗議からW杯を見ないと答えています。
スポーツに政治を持ち込むなということはよく言われますが、人権とか環境問題というのは政治とはまた別の次元の問題でもあるので、一概にただの政治的なスタンスだとも言い切れないところがあります。 プレイする選手の中にも、本当はこれらの抗議を支持したいのだが、FIFAとの関係でそれを表明できず、板ばさみになっているといったところも見られます。
この背景には、サッカーに限ったことではなく、ヨーロッパのスポーツビジネスがオイルマネーに頼らざるを得ない状況になっていることがあります。 有名なサッカーチームのオーナーやスポンサーがアラブ系になっていることが多々あり、FIFAをはじめとする国際スポーツはもはやオイルダラーに乗っ取られているという人もいるのです。
カタールの主張
とはいえカタールとしては、欧米諸国が自らのルールにのっとって他の国にそれを強要しているだけだということになります。イスラムの価値観からいうと、ジェンダーやLGBTQに対する考え方はサウジやイランなど他の国でも同様であり、カタールだけが特別に厳しいというわけでもありません。 イスラム国に限らず、同性愛を禁止している国は世界に72か国あると言われます。
たとえば、アフリカのナイジェリアにも同様のルールがありますが、アフリカ諸国が同じことをしたら、このように批判されるだろうかという考えもあります。オイルマネーが潤沢なアラブ国だから、またはイスラム国だから、批判されるのではないかと反発する声も聞こえます。
FIFAのインファンティーノ会長はヨーロッパの植民地支配の過去や、移民制限をしている欧州諸国の政策をかかげ、これらの批判は欧米諸国のダブルスタンダードであり、多文化を許容しない考えから来ていると批判していました。
たかがサッカー、されどサッカー
実は私はサッカーに疎く、ワールドカップのこともよく知らないのです。 けれども、今回の大会はスポーツそのものよりも、それ以外の人権とか環境問題のことでヨーロッパでは大きく取りざたされていて、こういうことを見知っただけです。
ただのサッカーと言えども、五輪にも似て、スポーツが国際的になり、ビジネスになっていて、もはやスポーツの大会だけの話ではなくなっていることがよくわかります。プレイする選手としても、ただボールをけるだけではなく、いやがおうにもこのような問題に巻き込まれ、自らのスタンスを示す必要に迫られているのです。
それを無視して「スポーツだから」と言っていては、人権や環境問題に敏感な一般国民やファン、またスポンサーの支持も失ってしまいます。カタールワールドカップのスポンサーにコカ・コーラ、VISA、マクドナルドなど、LGBTQ+支援をうたう企業がついていることで、欧米ではこれらの企業を二枚舌だとして批判する声もあります。
また、元サッカー選手のベッカムはカタールのアンバサダーになって「進歩、包摂、寛容」をスローガンにプロモーションをしていますが、これについてはイギリスでも抗議の声が上がっています。 というのも、彼はゲイ男性向けの雑誌に出ていたりして、LGBTQ支持者として人気があったのです。そのベッカムがカタールのアンバサダーになるとは「お金に目がくらんだ裏切者」だと考える人が出てくるのもしかりでしょう。 COP27という、気候変動を考える国際大会でも人権問題が取りざたされましたが、人権問題に関しては、もはやスポーツや環境と切り離しては考えられないものになっています。
このようなことは、環境や人権、正義などを多角的な視点から改善しようとするSDGsの観点から考えても、自然に出てくる声だと言えるでしょう。