グローバルSDGs講師育成講座受講生のレポートを紹介します。

Lesson15の課題:イギリスの取り組み

「イギリスで行われているSDGsへの取り組みの中で、自分がいいと思ったもの、参考にしたいものについてまとめる」

イギリスはじめヨーロッパの都市計画で参考にしたい点は、自然環境、地球生態系まで考えて長期的に街づくりを行っていることである。

建物を再利用することで、地球環境にとって持続可能なだけでなく、住む人や地域社会にも幸福をもたらすと考えるイギリスの視点は、日本が住宅やビルを壊して新しく建設する街づくりの視点と相対する。壊すにも新築するにもCO2を排出するのはその通りで、気候変動に悪影響を及ぼすことを私たちはもっと認知すべきである。ヨーロッパの人々が自分の街に誇りと愛着を持つ理由もそこにあるのだと思う。

私はNHKの「世界街あるき」という番組が好きで、多くのヨーロッパの町で、人々は石造りやレンガ造りの歴史ある家に住み、多くの人が自分の街を愛し、人を愛し、歴史を愛し、自分の街に誇りを持って語る姿を見る。その都度に、私を含む一般の日本人が、同じように自分の街を誇りに思い、語れるかと自問自答する。

日本の住宅は平均30年で建て替えられているという。理由はいろいろあるようだが、1つは断熱・耐震など性能の劣化やメンテナンス不足と言われる。さらに、日本人が新しいもの好きで、30年で世代が入れ替わり、親の家を継がない限り、家を欲しい家族は土地を買い、そこに古い家が建っていたとしても不動産屋が壊して新しい家を建てる。私の実家の隣の家でもまさに同じことがあった。子どものいない夫婦が約40年住んでいた家が、二人とも亡くなり売りに出された。中はとてもきれいでお風呂も最新のものが備わっており、家具もそのまま残されていたとのこと。結局、家は壊され、家具などは掃除屋の業者がただ同然で持ち帰ったらしい。その後、すぐに若い夫婦が現代風の家を建てて入居した。

イギリスの小学校で使われている副読本にOxford Reading Treeという子どもの本シリーズがある。そのレベル4にHouse for Sale, New Houseという本があり、3人の小さい子どもがいる若夫婦が家を買う話が出てくる。売り出し中の家はかなり古い家で、部屋数が多く、広く、庭もあり、古いTree houseがあり、家族はとても気に入って引っ越すことになる。Do you like the house? と日本の子ども達に聞くと、ほぼ全員がNo! 家の中は埃だらけ、壁紙もボロボロ、家具のベッドもイスも無残に壊れている。庭はゴミだらけ、日本の子どもにこの状況を理解してもらうには、価値観の違いを説明する必要がある。

では、地域に愛着を持ち、自分の家を大切に維持していくには、どのような努力をしていけばいいのか。私達夫婦は子ども2人が小中学生の15年前に新築の注文住宅を購入した。今まで、シロアリ対策や給湯機などの電気系統など細かいメンテナンスをしながら、昨年大掛かりな外壁工事を業者に委託して行った。これから15年~20年住み続けるつもりでいる。家への愛着は、ご近所、近隣地区への愛着と関連しているのか、私はよくわからないが、きっとそうなのだろう。

もう1つ、イギリスの近年の街づくりで印象的だったのは、公共交通機関や徒歩、自転車での移動を推奨して、コンパクトなタウンセンターを目指すまちづくりをしていること。アメリカに倣ってきた日本では、車社会となり、地方都市では郊外にショッピングセンターができて、街中の商店街は廃れている。車を持たない高齢者や子ども、学生などにとっては日々の買い物もできず、買物難民となってしまう課題が出てくる、というのはその通りである。実は、83歳になる母が、私達子どもの反対を押し切って、昨年末に普通車を購入した。2年前に事故を起こして廃車した後、近くに住む私が週3回、家に寄って買い物をしたり、病院へ送ったりしていたが、地域活動をしている母にとって、タクシーは高い、人に乗せてもらうのは気を遣う、近くのバス停まで歩いていたが足や膝が痛い、という理由だった。年を取ってこそ車が必要、と高齢者に言わせる社会はどこかおかしいと思う。車を使わなくても生活ができるコンパクトな街づくりのヒントを、日本人は諸外国から学ぶべきであると思う。

「誰一人取り残さない、持続可能な地域社会」に、少しでも近づくためにはどうしたらいいのか、SDGsの理念にもとづいた街づくりの視点は、大きな学びだった。

H.S


日本とイギリスの違いは都市計画や地域民主主義の仕組みにも表れています。イギリスでは地域のまちづくり(マスタープラン作りから一つ一つの開発の申請許可まで)住民参加が促され、住む人も自分の意見を言うのが当たり前となっていて、その意見がまちづくりに生かされる、だから住民は街に愛着や帰属感、責任も持つというようになっています。日本はそれがないため、突然「神宮外苑再開発」などが始まり、後でそれを知った住民が(今回は故坂本龍一などの影響でたまたま話が大きくなって)反対するが、もう工事は始まっていてそのまま通ってしまうことがほとんど。反対した人たちは幻滅して地域政治や民主主義そのものにも関心がなくなり、住むところが自分たちの町だと思う気持ちが希薄になるという悪循環になっています。